板橋通い

(大変申し訳無いのですが、定休日以外の月曜日に臨時休業させて頂く時があります。

ご迷惑をお掛け致します。)

 

休日は板橋のカミさんの実家に通っています。

 

義母が入院している大学病院にお見舞いに行くとICUから一般病棟に移っていました。

 

調子がイイと耳元で会話が出来ますが、話すってすごくエネルギーを使うので筆談も交えることになります。

 

義母は「三途の川を渡りそこねた」とか「延命治療はしなくてイイ」とか言いますが、今度は大動脈弁にステントを入れるカテーテル手術をすることになりそうです。老人にとって麻酔や手術のダメージと病状改善とのリスクバランスってすごく難しい問題だと思います。

 

私は病床の義母を見つめながら早く帰って自宅の庭の手入れやメダカの世話をしたいだろうな、と17階の病室で思っていた。

義父の造った庭の門。右下の火鉢にメダカがいる。
庭師の義父が建てた門。右下の火鉢にはメダカが泳ぐ。
朝庭に出ると池の睡蓮が咲いていた。
朝、庭に出ると池の睡蓮が清々しく咲いていた。
お義父さんが造りお義母さんが丹精込めて育んだ板橋の庭。
お義父さんが造りお義母さんが丹精込めて育んだ板橋の庭。

GWの臨時休業日

今年のGWは休まず営業する予定だった。

 

しかし板橋の義母の持病であった心臓が悪化し、私達は急遽店を休み入院している大学病院に駆けつけた。

 

今まで義母にはひとかたならぬ恩義を受けている。

3人の娘たちが東京の大学に進学する際、ずっと居候させてもらっていた。末の娘は就職してからも実家から通っている。

 

バルーン手術は成功し少し会話も出来るようになったがもうすぐ米寿の義母である、病状が急変しないとも限らない。

私達もしばらくは義母の元に通うようになるだろう。

 

私の母も85歳だし、親がそういう高齢になり今は報いる側に居るということだ。

71歳で亡くなった義父はいなせな庭師だった。その義父が造った庭を眺め偲ぶ(写真は冬)右奥にお稲荷さんの鳥居がある。
70代前半で亡くなった義父はいなせな庭師だった。その義父が造った自庭を眺め早世した義父を偲ぶ(写真は冬)。右奥にお稲荷さんの鳥居が見える。

ページ冒頭へ戻る