さよなら こーぞー

バルセロナからの帰国便はフィンランド経由(FIN AIR)だった。

ムーミン一色のヘルシンキ空港で何気なく見たグループLINEで旧友の悲報を知った。

くも膜下出血だった・・

 

一ヶ月程前にもカフェに寄ってくれ同級生達の近況を話してくれたばかりなのに突然いなくなってしまった。

こーぞー君とは中・高と一緒、大学は違ったが一緒にサーフィンを始めた。

仲間で買った古いダットサン510で東京のアパートから毎週海に通ったものだ。

今は無くなってしまった鴨川の赤堤が好きでカットバックの練習に励んだりした。

 

銀行に就職したこーぞー君は千葉市に住宅を建て仕事に頑張っていた。

サーフィンは以前ほどやらなくなっていたが海に来た時にはカフェに寄ってくれていた。

50代の時、腸の大きな病気をしてからは殆どサーフィン出来なかったが還暦祝いで作ったロングボードは

今もサンドカフェ裏の倉庫に新品のまま置いてある。

きっとサーフボードを持っている事がこーぞー君のモチベーションだったのだろう。

こーぞー君はマイクパーパス(右)とジェリーロペスが好きだった・・

両親思いのこーぞー君はお墓参りを欠かさなかった。

また仲間の面倒見が良く南房総台風やコロナ禍の時も店の食材や消毒液を気にかけてくれ千葉市から持って来てくれたりした。

ここ数年は、いつも仲間に声をかけ飲み会をまとめていたようだ。

実際、千葉市での葬儀には家族葬にも関わらず銀行時代の同僚の方々や中・高の同級生が多く参列していた。

高校生で黄色いレンズのレイバンをかけアイビーで決めていたお洒落なこーぞー君は棺の中でもパナマハットをかぶりアロハシャツを纏っていた・・ さよなら こーぞー  君の分まで海に通い続けるよ。

ポルトガル〜サーフタウンへ

ポルトからリスボンへ戻り、翌日はサーフタウンのエリセイラと大波で知られるナザレにワンデイトリップ。

トッププロの世界大会も開催されるエリセイラは潮臭い港町とサーフタウンの両面を併せ持つが、その古びた街並みは私のイメージのポルトガルの田舎そのものだった。

 

港のカフェでエスプレッソを
小さな湾ではサーフィンスクールが行われていた この波なら私たちにも出来そうだった

世界でも指折りのビッグウェーブの立つナザレは岬の突端の灯台から大波を見下す。

大波が立つのは真冬らしいが、せっかくポルトガルに来たのならナザレを見ておきたかった。

岬の灯台は観光スポットになっていた
12月位から波が大きくなるらしいがまだダブルオーバーヘッド位の波だった
灯台の下はサーフィンミュージアムになっていて大波用のサースボードや写真が展示されている
ビッグウェーブが立つとこんな状況らしい(ミュージアム写真)
ナザレは人気の観光地でシーフードレストランも多い
このブイヤベースにはマンタの身も入っていた
歳を取ってからの旅は一つ一つのシーンが心に染みる感じなんです

今回のイベリア半島の旅は私にとって「最後の遠出」というテーマでした。

それを人に言うとカミさんが「最後、最後って言わないで!」と怒るんです。

もしかして「続・最後の遠出」があったりして・・笑

ポルトガル〜世界一の多い街ポルトへ

リスボンから高速鉄道に乗り約3時間でポルトガル第二の都市ポルトに着いた。

私の旅で雨模様は珍しい。

リスボンを拠点にしているのでポルトへは一泊二日の小旅行。

まずはアズレージョ(装飾タイル)の美しいカルモ教会・アルマス聖堂へ向かった。

ポルトの街を彩る青い絵柄タイル

ポルトの街は世界一美しい建物が点在している。駅、書店、マクドナルド。

多分言ったもん勝ち的なキャッチだと思うが人生で一回だと思うと旅人はそそられるんですね。笑

世界一美しい書店「レロ書店」予約必須です 中央の階段を登るとヘミングウェイが待っていた

世界一美しい駅「サンベント駅」やはりアズレージョで装飾されていた
内部にはシャンデリアが輝いていた世界一美しいマック

ポルトガルの国名の由来になった港町ポルトはドウロ川沿いにポートワインの醸造所が並び、街並みの景観も素晴らしい。

ドンルイス一世橋からドウロ川沿いの街並みが見下ろせる やっぱり晴れて来た!
かつてポートワイン樽を運んだ運搬船が並ぶ
川沿いの店でポートワインと干し鱈のクロケット(コロッケ)を頂く ポートワインは酒精強化ワインなのでアルコール度数が高く甘さがあって美味しかった
イワシの缶詰屋や蒸溜所が並び楽しい街です

一泊でしたが電車で来れたし世界一巡りも出来て楽しいポルトでした

リスボンに戻って大波で有名なナザレとサーフィンの街エリセイラに出掛けます。

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