マウイ滞在中、このビールが気に入り毎日飲んでいた。暑い土地のビールは軽いテイストものが一般的だが「ロングボードビール」は適度なコクもあり飲み飽きなかった。

パイアタウンという小さな海沿いの町がある。古くはサトウキビ栽培が盛んな時代に栄え、衰退し、そしてその後ヒッピーとサーファーが住み着き、自然発生的にできた小さな店が軒を連ねて今は観光客もやってくる人気の町になってきている。
10年前にこのオールドタウンが気に入り、今回再び訪れた。狭いエリアの中に石釜ピザ屋、コーヒー豆屋、シーフードの食堂、ジェネラルストア、サーフショップ、ビーズ屋、古着屋、ギャラリー、アイスクリーム屋などが連なり魅力的な界隈を形成している。
私は、アーチスト、ミュージシャン、ゲイ、サーファー、ヒッピーといった人たちの中に、時代を感じとるアンテナや嗅覚が優れている人の割合がかなり多いと思ってるところがある。
デベロッパーが綿密なデータやリサーチを駆使し計画する大型ショッピングモールには醸し出せない味をこの町は持っているし、人々の価値観も少しずつシフトして来ている。少なくともこの町角に立っているとそういったことを感じる。

マウイのラウニヤポコビーチパークはとても整備されていて、トイレやシャワー以外にもバーベキューグリルや犬のフン用のビニール袋の無料ディスペンンサーが設置されていたりする。大きな木々が気持ちよい木陰をつくり芝生の上でフェミリーやカップルが思い思いに過ごしている。当然ゴミなどは落ちていない。
20世紀型消費システムが終わりを迎えているが、このビーチに立っているとお金を使わなくても自然の中で気持ちよい時を過ごしそれが幸せの形として定着している姿を垣間見ることができる。

「moleskine」という名の手帳をジャーナリストの女性に教えてもらってから愛用している。シンプルこの上ない作りながら、モグラ肌という名前のとおり表紙のザラザラとした独特の手触り感や硬さ、全体の仕上げの適度な粗さというものが使っているうちに魅力的に思われてくるから不思議だ。
かつては、マチスやヘミングウェイ、チャトウィンも愛用していたらしい。確かに旅に持っていきたくなる要素に富む。軽くて丈夫。ゴムバンドがついているので切符やレシート、葉っぱなど挟める便利さもある。私は気になる雑誌の切り抜きを貼ったりしている。
多機能なものよりシンプルなものの方が使い方の可能性を感じてしまうのが面白い。
重くてかさばるシステム手帳を使った時代もあったが、いろいろなガジェットが発達した今はこの手帳がベスト。

私が小さいときから近所の呉服屋さんが年末になると日めくりカレンダーをくれた。婚礼衣装を着た花嫁さんが台紙になっていたりした。子供の頃はカレンダーなどあまり興味がなかったが、カフェを始めた頃ビーチでペンキのはげた小さな流木ならぬ流ボードを拾ったことがあった。
その時なぜかこの板に日めくりカレンダーを付けようと思い立った。それから数年後その呉服屋さんは日めくりカレンダーを作らなくなった。
そして今、呉服屋さんは無い。
それからは東京の文房具屋で日めくりカレンダーを探して手に入れている。
日めくりカレンダーは、昭和の茶の間のにおいがする。

朝、店に着くと一人の男がサーフボードを持って待っていた。カミさんのいとこのgakuだった。
gakuはゴールデンオレンジ色のその板を「15周年のお祝いです」と言って私にプレゼントしてくれた。
趣味で板を削っているとは聞いていたが、ここまでやるとは思っていなかったのでその出来栄えの良さに驚くと共にその気持ちに感動した。
カリフォルニアの名シェーパー「リッチ・パヴェル」を彷彿とさせるアウトラインのクワッド(4本フィン)で横にコンペティションストライプが入ったレトロフィッシュ。厚みも結構あるのでロンガーの私でもテイクオフが楽そうだ。
すぐにイマジネーションのスクリーンは、この板に乗った時のサーフィンを映していた。そして使い込んだ数年後の姿もいい感じで投影されていた。

もうずいぶん長い間波の上で漂っていることになる。
19歳の秋、海水浴場の監視員のバイトで稼いだお金で中古のボードを買った。なかなかうまく乗れなかったけれど、海に浮かんでいるだけで、また、自分で組んだスケートボードをプッシュするだけで軽くなれたし乾くことが出来た。世の中がきらきら輝いて見えるマジックサングラスを手に入れた気分だった。
しばらく遠ざかっていた時期もあったが、あの頃のきらきらした感覚をふたたび味わいたくてロングボーダーになって久しい。それからはずっとシングルフィン一辺倒。ボードもお気に入りが1本で充分。たっぷり使い込む。
しかし年をとってしまったのか、世の中が変わりすぎてしまったのか、きらきら輝いて見えることはもうないのかもしれない。

厨房の引き出しを片付けていたら懐かしい本と再会した。店を始めた頃、毎日のように見ていた本だ。
その頃「ウィリアムズソノマ」と言うカリフォルニアの洒落たキッチン用品の店が渋谷東急に出店していて、そこで見つけた本だ。カリフォルニアキュイジーヌのカリスマのアリスが作ったバークレーの「カフェファニー」や「ACME」というパン屋など素敵な店が沢山紹介されている。
カフェで過ごすサンフランシスコの朝のリッチなひと時、みたいな内容に影響されてサンドも9時オープンにしたのだった。(はじめの2年位は、7時30分に店を開けていたっけ)
