デリボーイ

しかし27年、ずいぶん長くこの車に乗って来たものだ。

トヨタの「デリボーイ」

全てがいつか別れる時がやって来るのだが、付き合いが長いほど後ろ髪が引かれるもの。

 

一台目の青のデリボーイは17年乗った。

塗装がイイ具合に艶消し化していたっけ。

一度気にいるとずっと追い求める性分なんですね。

ドアだけ艶があるのは銀行の駐車場でお爺さんにぶつけられて交換したから。

次の白のデリボーイは10年乗った。

波乗りやキャンプ、アンティーク家具の配達と随分活躍してくれた。

何か大きな故障を抱えているとかではなく、もう充分楽しませてもらって満足したんです。

そう、堪能したんです。

カフェが30年目に入ったので店と共に歩んで来たデリボーイとの27年でした。

陣地化

近頃、リビングのソファに座れた事が有りません。

疲れた時などソファに横になりたいのですが・・

 

お気に入りのイギリスのチェスターフィールドのヴィンテージソファ。

家に帰ると、クッションを剥ぎ取られオモチャに占領されてしまっているソファにお目に掛かります。

男の子って陣地や秘密基地が好きですもんね!

ソファの隅っこでYouTubeを見るの図。

もうじき5歳になる孫のユウくん、早く違う遊びに進化して欲しいと思っているんですが・・

理想郷へ

自宅から車で1時間で理想郷に着く。

このところ休日のサーフィンのお気に入りはこの理想郷。

ここに来るとサーフィンを始めた頃のキラキラ輝いていたあの日々を思い出させてくれるから。

あの頃よく聴いていたオールドロック(POCOの「Indian Summer」とかニール・ヤングの「Out on

the Weekend」とかバッチリですね!)を聴きながらのドライブも気分が上がる。

 

何といっても水が綺麗、そして来ているサーファー同士のストレスが無いのがイイ。

皆さんここにそれを求めて来ているんですから。

貴重なサンクチュアリと呼べる場所。

「デリボーイいいですね!」周りのオールドサーファーの人達も気さくに話しかけてくれる。

「Nalu」というサーフィン雑誌に掲載されていたカリフォルニアのレジェンドサーファーのドナルド・タカヤマのインタビューが思い返される。

 

「テリトリー意識が強すぎる。

海はみんなの物なのに、自分だけの物と勘違いしているのさ。

それがサーフィンの楽しさを奪うことになるのにな。

私や仲間たちは混雑を避けて楽しくやってるよ。

スターになりたい訳じゃない。

ただ、沖に出て仲間とサーフィンを楽しむだけなんだ。」

 

今、そんな場所を皆んな求めているに違いない。

あの頃から波に乗ってきたオールドタイマーはなおさらである。

ここに来ると心底リフレッシュ出来る。サーフィンでストレスは味わいたくは無いですから。

Leiter with Evans

2月の雨の休日。

こんな日は海へも向かわないので写真集を見ながらゆっくり過ごす。

先月、手元に届いた「まだ見ぬソール・ライター」という写真集。

何の変哲の無いものを写して、その中に特別な何かを見つけるのが好きだとライターはつぶやく。

そこが「如何にもが苦手」な私の感性に響く所以だ。

ソール・ライターは冬の雨のNYのイメージ。

ライターの写真を見ながら聴くのはビル・エバンスの「From Left To Righit」(確か以前にもブログで紹介しているはず)というお気に入りのアルバム。

エレクトリックピアノの温かな音色とロマンチックなストリングスが60~70年代初頭の映画音楽を想わせる。

映画のワンシーンの様なライターの写真と、これまた映画音楽の様なジャズがピッタリハマった。

 

一月は母の四十九日と板橋の義母の七回忌と続いた。

そして私の66歳の誕生日も。

ゾロ目の今年はきっといい事があるはずと勝手に思っているのだが・・

30年目の正夢

カフェを開店したのが30年ほど前でした。

カフェの道を挟んだ向かいには昭和を感じさせるホテルがあって、カウンターからいつもそのホテルを見ながら「この建物が無かったらどんな景色が広がっているんだろう」とか「きっと松林の間からチラッと海が見えたりして」なんて妄想混じりの叶わぬ想いを長年巡らせておりました。

 

そのホテルも7、8年前にご主人の他界をきっかけに廃業となり、売りに出されたと聞いていましたが中々買い手も付かず少しずつ荒れた状況になっていました。

海岸通りの目立つ場所にあるホテルだけにこのまま廃墟化して行ったら寂れた町の印象になってしまうんじゃないかって心配していたんです。まして店の目の前ですから・・

昭和40年代に建てられたホテルはその役割を終えていた。

ある時そのホテルを買ったという東京のご夫婦の方が店に挨拶に見えました。

お話を伺うと、ここから見える海の綺麗さに惹かれたのだとか。そして建物の一部を残してセカンドハウスとしてリノベーションすると言う事でした。

「救世主現る」とはこの時の私の心境です。

そしてしばらく後、昨年秋から年末にかけてカフェの前部分の取り壊し工事が始まりました。

あの30年前からずっと叶わぬ夢と思っていたカフェの前が開けた景色を目の当たりにする。

残念ながら30年の間に松林も成長し隙間から海を望むことは出来ませんがヤシと松林の間を気持ち良い風が吹き抜けていた。

ありがたい・・

回想

私の家から歩いて30m程の近所にあるオフクロの住んでいた実家。

毎日線香をあげに寄るんですが、閉店した「デイズギャラリー」も時々覗いてしまいます。

オフクロの座っていたデスクに腰掛けて洋書を何となくめくっていると、この店をオープンした頃の事が懐かしく思い返されます。

あの頃も遅い時間にこうして好きな洋書をめくっていたっけ・・

 

2000年に千倉に出来た小型集合店舗「エストプラザ」のテナントから「デイズギャラリー」はスタートしました。

その頃まだ理想主義者だった私は、個性的な小さなお店やギャラリーが点在したら海辺の素敵な町に変わるかも知れないなんて夢想していました。

自分のやれる事で何か形に出来る形態の店舗と言うことでアンティークとアーツ&クラフツ「デイズギャラリー」を開店しましたが6年後に実家の一角を改装してそこに移ります。

その方が歳とってきたオフクロが家事や経理をしながら店番出来るってのがありましたから。

古民家ですがイギリスのステンドグラスのドアを付けサビサビのラーレーの自転車を立て掛けた。

古い物をいろいろ扱って来ると目が肥えるというか、沼にハマるというか必然的に古美術に向かいますね。

ただ和洋折衷が好きなのでポップな物も混在していましたが。

ロシアイコンや羊皮紙のグレゴリオ聖歌楽譜とか宗教美術的な物にも触れました。
アートディレクターの故 渡邊かをる氏に倣い信楽の大壺にステッキを入れてましたね。
最初から好きだった真空管ラジオ。
扇風機、タイプライター、デスクスタンド・・22年もの間ずいぶんこのお店で楽しませてもらいました・・感謝

来週はオフクロの四十九日の法要です。

サヨナラの知らせ

心不全でおふくろが病院に救急で入院したのが12月10日、その後ちょっと落ち着いたのですが21日のお昼過ぎ帰らぬ人となりました。91歳でした。

不思議なのですが21日の朝6時30分にセットもしてないのにスマホのアラームが鳴って隣の部屋に寝ていたカミさんも目を覚まし「変だね」などと言っていた6時間後にお袋が旅立ったんです。

「あたしは今日サヨナラするからね」って私に知らせて来たとしか思えませんでした。

毎朝、自転車でカフェまで来て店内や建物周りの掃除を長年してくれたおふくろ。新聞を読みながらコーヒーを飲み、家に帰り店の経理事務をしながらデイズギャラリーの店番をしてくれていました。ホント感謝しかありません・・

年末に近親者でおふくろを送りました。

3人の子供が近くに暮らし、孫10人、ひ孫9人に恵まれ幸せな人生を過ごした人でした。

 

新年を迎え私はとても穏やかな心境で居ます。

これもおふくろからのプレゼントかなって思っています。

生前ご厚情を賜った皆様、この場を借りまして御礼申し上げます。
ありがとうございました。

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