仕事を終え自宅に帰ると私は酒をグラスに注いで書斎に引きこもる(笑)
小さな六畳の和室が私の居場所だ。
しかし、その狭い空間にはお気に入りの物しか置いていない。
中でも椅子と照明器具にはこだわってきた。
足し算と引き算を重ねて残った物達に囲まれ、私は今日の自分に「お疲れ!」を言う。


仕事を終え自宅に帰ると私は酒をグラスに注いで書斎に引きこもる(笑)
小さな六畳の和室が私の居場所だ。
しかし、その狭い空間にはお気に入りの物しか置いていない。
中でも椅子と照明器具にはこだわってきた。
足し算と引き算を重ねて残った物達に囲まれ、私は今日の自分に「お疲れ!」を言う。


今まで家でコーヒーを淹れる時には、ケメックスのコーヒーメーカーを使っていましたが最近はドイツのVITLABというメジャーカップとコーノ式ドリッパーの組み合わせです。
私のように何回もコーヒーを淹れる人には、ポリプロピレン製とプラスチック製の組み合わせは軽量で破損の心配の無く気軽に使えます。
前回のサーフトリップの際にもこのセットを持参しました。メジャーカップの中にペーパーフィルターとコーヒーを収めて。
目盛りも凸になっているので1杯、2杯の印を白くマーキング。粉の量とお湯の量は正確な方が良いですからね。


先週の休日は冷たい雨だった。
今週は朝から晴天だが嵐のような強風が吹きっぱなし。
どうも2週続けてツキが無いようだ。そんな時もある。
海に浮かべない休日は珈琲を飲みながら久し振りの葉巻を吸おう、レコードをゆっくり聴いたり新しいカメラをいじりながら。



私のカテゴリーに無い音楽や映画のソフトを提供してくれるペンションオーナーN氏。
今まで随分多くの楽しみを与えてもらっている。
例えば日本映画の「流れる」や「泥の河」また自動人形作家ムットーニのドキュメンタリーなど貴重な映像も。
特に小栗監督の「泥の河」は印象深い一本だった。
そして、昨年のクリスマスにはP・フルニエ演奏のバッハ無伴奏チェロ組曲のCDをプレゼントしてもらった。
11月にP・カザルスのブログを書いたが、このフルニエの演奏もN氏推薦だけあり素晴らしい。
カザルスは別格として、ヨーヨー・マやミッシャ・マイスキーも聴いていたが、このフルニエの演奏の方が私好み。
音楽に関してマニアックじゃなく雑食の私、あくまで基準は自分の体に染みるかどうかだ。

昨年旅したオーストラリアの海を思い出しながら、今年も海と共に暮らしていこうと思っている私です。




新年あけましておめでとうございます。
穏やかな元旦を迎えましたが、12月の11連休の罪滅ぼしで(笑)私は仕事始めとなりました。
今年もルーティンワークこそ一所懸命に取り組み、休日は自然の懐に抱かれて過ごせれば良いなと思っております。
皆様にも幸多き一年となりますようお祈り致します。

今回のオーストラリアはJALで行きました。
そのJALですが、とても良かったんです。
池袋の大勝軒のつけ麺が食事に出て驚いたり、映画も新作と名作のラインナップが多くて飽きさせないし(新作で一番良かったのはトム・ハンクスの「ブリッジ オブ スパイ」でした)、きめ細かな気配りでは日本人に勝る国はありませんね。お酒も無料ですし(笑)
帰りの便の事、私はオーストラリアでビールや白ワインはかなり飲んでいたのでチョット違う物が飲みたくなりました。
で、CAさんにトマトジュースをもらい図々しく「これにウオッカを少し入れて頂けますか?」とお願いしたところ快く小さなボトルを差し出してくれた。そして更に「レモンと胡椒もいかがですか?」と嬉しいお言葉。マドラーも付けて。
そんなさり気ない気遣いからブラッディ・マリーが完成。映画を観ながら美味しく頂きました。
飛行機の中には明確な経済上の「class」が存在しますが、エコノミーの私が快適に過ごせるホスピタリティもJALの機内には存在していました。
そこが嬉しい。

サーフトリップを計画する際に気にするのは、何曜日に到着して、何曜日に帰るか、と言う事。
何故なら週末の海はローカルサーファーで混み合うから。
だから今回も日曜日に到着し、日曜日に帰国するスケジュールとした。
そうする事である程度は混雑を避けられる。
帰国一日前の土曜日の午前は宿泊しているマンリーのアパートメント前で波乗りし、午後はシドニー市内の観光をすることにした。

マンリーからシドニーのピアまでフェリーで30分程。頻繁に船も出ているので待ち時間も少なく便利。
ピアの周辺にはシドニー美術館や古いお店の集まるアーケード、手作りのおみやげ屋が集まるクラフトマーケット、レストランが集まっており徒歩で回ってもかなり楽しめた。






シドニーから450kmほど北上した田舎の岬が我々の目指す「クレセントヘッズ」
5時間のドライブを経て着いたそこはのどかなサーフタウンだった。
果たして岬の波は?

しかし、着いた日はあいにく強烈なオンショア。
仕方なく、地図で風をかわしそうなポイントをいくつか探したが結局ダメ。
予約しておいたSun Worship Eco Villasに向かった。

翌日も朝から強いオンショアが吹いていた。
とりあえず海に入ってみたものの風に煽られ波乗りにならなかった。
珍しく落ち込む私(笑)
何故なら今回のサーフトリップで未だまともな波に乗ることが出来ないでいたから。
ところが!!!
午後から天候が一変し黒い雲に覆われたと思ったら稲光を伴ったすごいスコール。
そして、夕方荒天が収まるとまさかの弱いオフショアに変わった。雲の切れ間から青空も見える。
ちょっと待って、これって一昨年のバイロンベイと同じパターンだろ!
急ぎポイントに向かうと胸位の波が岬に沿って幾筋もブレイクしていたのだった。
これこそ私がイメージしていたクレセントヘッズの姿!(慌てていたので写真無し、ザンネン)
テイクオフし深めのボトムターンから大きなトップターンを繰り返すがショルダーが次から次に張ってくる。夕暮れに現れた幻のような波だった。
翌日、サイズはダウンしたものの素晴らしいローケーションの中でメローなポイントブレイクを堪能した。
ここクレセントヘッズは我々のようなオールドタイマー理想の場所である。
ジイさんからキッズまで混雑のストレスも無く楽しむ事が出来るポイントってそうは無い。







オーストラリアの人々は本当に自然の中に居ることが好きなんだといつも思う。
それぞれがビーチで人目を気にせず自分の好きな時間を楽しんでいる、老いも若きも。
シワシワの体だろうが、お腹がポッコリ出ていようが関係ない、水着になってビーチに繰り出すんです。
サーフィンだけでなく、ひたすら泳ぐ人、砂浜を走る人、ヨガ、カヤック、ダイビング、ビーチバレー、瞑想と何でも有りです。
今回、我々はビーチに面したアパートメントに滞在したので、そんな人々を日がな目にしていた。
私もジイさんになっても孫と海で一緒に泳いだり砂遊びをしたいしなぁ・・ウン、そうしよう!





ヌーサに始まりバイロンへ、そして三回目の訪豪はシドニーへとダウンアンダーしました。
大都市シドニーには大きなビーチが2つある。「ボンダイ」と「マンリー」であるが、それらに隣接して魅力的なビーチが点在する。「ボンダイ」にはタラマラやマルーブラ、「マンリー」にはフレッシュウォーターやカールカール、ディーワイなどだ。
ホント、いつもオーストラリアのコーストラインの環境の良さには感心するばかり。
ただ何処もどちらかと言えばロングボードよりはショートボード向きな波質。しかも前半はオンショア気味のワイドなダンパーで我々ジジ&ババは手こずったのであった。




イタリア人らしき初老の紳士は、日に焼けた肌と高い鼻の持ち主だった。
どことなくジャック・クストーに似ていた。
ジャケットにノーネクタイの紳士の元には男たちの行列が出来ていた。
何故なら、その紳士はお客の好みの香水を絶妙のセレクションで、しかも安価で分けてくれるのだった。
次々に男たちが理想の香水を手にしていた。
私は行列の後ろから二番目だったが、次が私の順番になった時に紳士が「最後の一人だ!」と言った。
すると、一番後ろにいた男がスッと私の隣に出てきて並んでしまった。
私は「あっ!」と動揺したが紳士は迷う事無く私を選び「お前はどんな香りが好きか?」と聞いた。
そして「この部屋の香りが好きだ」と言った私に一つの香水のボトルを選び渡してくれた。信じられない値段で。
そんな良い香りの夢を見た・・

日本の「MOMA」は、六本木ヒルズではなく、千葉市にありました。
まさか千葉で世界を代表する現代美術家・杉本博司氏の個展を観れるとは思っていませんでした。
今「千葉市美術館」の20周年企画として開催されている氏の個展の興奮を伝えなくては!と筆を取った次第であります。
現存する世界のアーティストで最も私がリスペクトする写真家であり現代美術家、建築家、演出家、古美術蒐集家でもある、杉本博司氏。
今回は写真の代表作「海景」「劇場」「ジオラマ」シリーズの新旧の作品を展示した「今昔三部作」。そして、長年蒐集している古美術で構成した「床の設え」が30点近くと見応え十二分、圧巻の杉本ワールドでした。
杉本氏は良く和歌の「本歌取り」という表現を使うが更に加えて「逆手取り」という手法の使い手と私は思う。その完璧でアバンギャルドなコンセプトは「今デュシャン」と呼ぶに匹敵する。
12月23日まで開催されていますので私を信用して(笑)是非お出かけ下さい。



スーパーの駐車場に車を止めた私はしばらくの間、車から降りれなくなった。
パブロ・カザルスの「無伴奏チェロ組曲」(プレリュード)がラジオから流れて来たから。
何でもカザルスがバッハのこの運命の曲と邂逅したのが13歳の時、そしてそれを初めて人前で演奏したのが25歳の時だったという。自分が納得するまでの12年ということか・・
そして、毎日この無伴奏チェロ組曲から弾き始めるのが日課だったというカザルス。80年以上弾き続けたカザルスの無伴奏チェロ組曲の演奏は、私の中の深い所にある何かを揺さぶって来る。大きく優しく包み込む人間的な調べで。
私は、人間てスゴイことが出来るんだ、とスーパーの弁当を選びながら思っていた。
