Cape Codへ〜Chathamから終着点Provincetown 

ナンタケット島からハイアニス・ポートに戻り岬の先端に向かう。

 

途中のチャタムという町に一泊し突端にあるプロヴィンスタウンを目指した。

 

チャタムの宿「CHATHAM  TIDES」ではオンザビーチの部屋をとった。ナンタケット島のピアの宿「The Cottages & Lofts」もそうだったが今回はロケーションにこだわった。生涯の想い出となる旅にしたかったから。

どちらの宿も部屋自体はコンパクトだが素晴らしいロケーションが私をラグジュアリーな気分にさせてくれた。

 

若い時から長く憧れ続けてきたケープコッド。

今回その夢が叶い、私は毎日幸せな気分に浸っていた・・

「CHATHAM TIDES」眼の前はすぐビーチという贅沢。隣はNYから来たという年配のカップルだった。
潮騒を聞きながらのコーヒーブレイク。連日、最高の天気に恵まれた旅となった。
夕食をテイクアウトし、ビールを飲みながら皆で暮れゆく空をずっと眺めていた。このシーンこそ私の大好きな写真集JOEL・MEYEROWITZの「CAPE LIGHT」の世界だった。
8✕10の大型カメラで長時間露光撮影したケープコッドの風景に惹かれる。その昔「オン・サンデーズ」で見つけた。
グリーンさんが撮ってくれた家族写真。チャタムのアンティークショップで。
岬の突端の街、プロヴィンスタウンはゲイの聖地みたいなところ。ケープコッドで一番の賑やかさだった。
この旅ではロブスター、オイスター、クラムチャウダーなどいただきました。メニューには時価となっていたロブスターロールは2500〜3000円位と高価だったが行っちゃいました!名産のポテトチップとグリルしたレモンが添えられていた。
ナンタケット島のFAHERTYという洒落た洋服屋で買ったマーケットバッグ。

今回、幸運にもケープコッドとナンタケット島を訪れることが出来、私の旅のテーマ「憧れの検証」は完結してしまった。

もう憧れの場所が無くなった。さあ、これからどうしようかな?

Cape Codへ〜Nantucket島(2)

ナンタケット島はケープコッドのエッセンスがさらに凝縮されたような島だった。

同じ価値観を持つ人々によって長い間、大切に育てられ守られて来たのだろう。

 

その証拠に普段は6000人程の人口がサマーシーズンには10倍になるというが俗化されず洗練された素朴さの雰囲気を保っている。それは品性と良心、美意識に寄る所が大きいと考えられる。ここには濡れ手に粟の商売をする輩は入り込めないだろう。そう感じるオーラがこの島には漂っていた。自由競争型資本主義に毒されないテリトリーなのだ。

カミさんはナンタケット島で鮮やかな赤系パンツをはいていた。霧が多くグレートーンの街並みだから「ナンタケットレッド」という色が在るくらいこの島では赤が映える。私は白のオックスフォード・ボタンダウンを着たくなった。
赤いストライプの灯台が岬の突端に建っていた。シーズンオフで人影もまばらな海岸線、その淋しげな風景が東海岸らしい。
スコンセットの街並は、グレーの外壁に白い窓枠の正にサンドカフェの理想とした小じんまりした低層の家々が並んでいた。ただ地価は凄く高価なのでエスタブリッシュメントが多いのだという。
カミさんがチャンスがあれば欲しいと言っていたナンタケットバスケットをフォークアートのギャリーで見つけた。一つのバスケットを作るのに何ヶ月もかかると聞いていたがとても高価で諦めたのだった。
そのフォークアートのギャリーは欲しいものだらけだった。どの店も小さな看板で控えめだがラルフローレンやパタゴニアなんかのショップも点在する。スーベニールショップにはクジラと灯台がモチーフの雑貨が多かった。この島はかつて捕鯨漁の基地だったから。
アイスクリーム屋も何処もかしこも木っ端葺きの建築様式。グレーの外壁に星条旗が映えるんです。
今回献身的にガイドをしてくれたグリーンさん。何十年ぶりのナンタケット島を私達共々楽しんでいたようだった。
ナンタケット島。今まで私が訪れた中ではベニスと並んで比類なき完璧さのリゾートだった。

Cape Codへ〜Nantucket島(1)

ボストン三日目の夜にグリーンさんと合流。

ノースエンドのイタリア人街にあるレストランをグリーンさんが予約しておいてくれた。

美味しいワイン、プロシュート、パスタなどをいただいた後、近くのカフェでグラッパをキュッと。

それはボストン最後の夜に相応しいディナーだった。

翌朝、グリーンさんがレンタルしてくれたミニヴァンでケープコッドに向けてドライブ。

一時間半ほど南下し大きな橋を渡るとそこは憧れの地。ついにやって来たと思った。

その岬に在る家々はグレーのトーンで統一されていた。杉板が風雨にさらされグレーに経年変化した外壁を持つ。その鱗のように見える木端葺きの外壁と白い窓枠こそニューイングランドスタイルなのである。

 

古くからボストニアンやニューヨーカーの避暑地としてあったケープコッド。

あのJ,F.Kのサマーハウスやヨットハーバーがあった有名なHyannis。そこから高速フェリーに乗り一時間でナンタケット島に到着した。今日はこの夢の島に一泊だ。

ナンタケット島。そこは夢の様なリゾートだった。
「ケープコッドやナンタケット島に行くなら賑わう夏より10月が良い」グリーンさんの言った言葉は本当だった。
ピアには沢山の水上コテージが並んでいる。真ん中が我々の借りたコテージ。シーズンオフのため安く借りられた。
こんな所に住めたらなぁ・・

Cape Codへ〜Boston市内巡り

サンドカフェの裏の林の中に「南房国際村」という外人さん向けの宿泊施設がある。オーナーのD・グリーンさんには娘共々親しくさせて頂いているが、今回憧れのケープコッドに行く事が出来たのはボストン出身のグリーンさんに案内してもらえる事になったから。

 

アラバマに居るお母さんに会いに帰省しているグリーンさんとボストンで落ち合う約束をし、私達はアメリカに旅立った。

 

まずはボストンの中心部に位置する高層アパートメントに滞在して2日間の市内観光を。

37階の部屋からはボストン市内が見渡せる。ボストンはレンガ造りの建物が多い落ち着いた大人の街。チャールズ川では毎朝レガッタやヨットを楽しんでいた。旅行中はウソのような快晴が続いた。
第二次大戦中に開発された水陸両用車を使った「ダックツアー」でザーッと市内観光。川のクルーズはチョット寒かったな。
この絵が見たくて行ったボストン美術館。P・ゴーギャンの『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』人間の命題とも言えるこの絵に釘付けとなった。
ハーバード大学は多くの観光客も訪れる広大な敷地の学園都市。敷地内に在る自然史博物館はオススメです。市内の移動は地下鉄が便利。行き先によってレッドライン、グリーンラインなど色で判別出来る。下りはアウトバウンド、上りはインバウンドという。
今回の旅には息子と末娘が同行した。クインシー・マーケットを散策しウォーターフロントへ。

お休みのお知らせ

10月16日(月)〜24日(火)、サンドカフェ&デッキシューズはお休みさせて頂きます。

ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願い致します。

 

還暦イヤーの今年、長年憧れていた場所に行けることになりました。

それはサンドカフェの建物のイメージ原点となった所です。

 

帰りましたらブログで報告させて頂きます。

私の旅のモチベーションは、本当「憧れの検証」に尽きますね!

超人・安藤さん

我が家はずっと産経新聞なのですが、「話の肖像画」という各界で活躍している著名人のインタビューコーナーで建築家の安藤忠雄氏(76歳)が特集されていました。

 

2020年の東京五輪・パラリンピックのメーン会場「新国立競技場」設計コンペにおける例のザハ・ハディド氏設計案を仕切り直しすることになった件のコメントもあったのですが、私が感嘆したのは、安藤氏が大病されていた事に関する事でした。

 

数年前、健康診断でガンが見つかり医師から胆のう・胆管・十二指腸を全摘すべきと告げられ手術した後、徐々に仕事に復帰。だが、その又数年後に膵臓と脾臓に再びガンが転移。それも摘出せねばならなくなった時に「これほど内臓が無い人は日本中にいないだろうから、面白いんじゃないかと」そして、次また何に挑戦しようかと考えるうち元気になっていったと。

 

食道ガンから復帰した小澤征爾氏もそうですが、全身全霊を創造に捧げている人の絶えず「希望を見つけ続ける」精神力の凄さ、まさに超人です。

 

「目標を持って生きているうちは青春」と詩人サミュエル・ウルマンの言葉を引用した安藤氏。感動の言葉を頂きました!

好奇心を鍛え、青春を生きて行きたいと語る76歳の超人に感服。その打たれ強さは元ボクサーの証か・・

これが最後の板なのか!?

わたくし、この度60代で乗るロングボードを作りました。

気に入ると長年使い込む性分ゆえ、これが人生最後の板になる可能性があります!?

(もし運良く、60代後半から70代まで波乗りが出来るとするなら巨匠スキップ・フライ氏に習い10

フィートオーバーのビッグボードに乗りたいとは思っております。ハイ!)

 

私が板をオーダーしたのは、千倉のサーフショップ「サザンコースト」。オーナーの鈴木さんとは40年以上前からの長いお付き合い。南房総のロングボードシーンには欠かせない老舗ショップです。

 

そして今回、板を削って頂いたのは同年代のカリスマ「抱井保徳」さん。

60代で乗る板はこの人にお願いしたいと思っていました!

 

サーフィンの世界で、独自の立ち位置とオリジナルな生き方では他に類を見ない抱井さん。

昔、鴨川の赤堤で目撃した抱井さんのライディングのカッコ良かったことが甦ります!

 

今日、初乗りしましたがクラッシックで安定した乗り心地、私にフィットしてくれました!

やはり、間違いなかったですね!

カラーは私の好きなベージュとブルー・グリーンにしました。長さは9,3フィート、テールはスクエアで。
ブリューワーサーフボードの抱井シェープ。当然シングルフィンのクラッシックなバフ仕上げでしょう。

玉置さんのライブ

私も当代随一のヴォーカリストだと思っている玉置浩二さんのライブが地元で聴けると聞いて駆けつけたのは館山の南総文化ホール。

 

カミさんがチケット発売日の朝早くに並んでくれたお陰で席は何と前から6列目と絶好のポジション。

 

持つべきは「旦那に頼らない良妻」ですな!?

 

期待のライブは良い意味で予想を裏切り一切のMC無し。

 

そこがイイ!! ファンは一曲でも多く聴きたいのですから。

 

いつも動画で見ている名演にも全く遜色のない素晴らしい歌声を眼前で聴かせてくれた玉置さん。

 

そして、名バラード「Mr.Lonely」「メロディー」に私は感無量!

長いキャリアでますます喉が磨かれてきた玉置さん。その心震わせる歌声は本物だった。

ジムとビル

ジム・ホールは、ジャズギタリストの中でもどちらかと言えば渋くて内省的なミニマリストの印象ですが、ピアニストのビル・エバンスとデュオを組んだ2枚のアルバムは、けだし名盤だと思いますね。

 

「Intermodulation」と「Undercurrent」の2枚は頻繁にターンテーブルに乗るマイ・フェイバリット。

 

自室でこのアルバムを聴きながら、いつの間にかボーっと物思いに耽っている自分がいます。

頭の中を色んな思いが流れては消えて行きます。

心の底からリラックスするからでしょうか?曲の進行(テンポ)が私の波長とマッチするからでしょうか?

 

それは、気ぜわしく過ぎ去る日々から自分を隔離する時間でもあります。

貴方も、秋の夜長にボーっと物思いに耽けるなんていかがですか?

外から聞こえる虫の声がギターとピアノに混ざります。

新盆休み

今年のお盆は、板橋のお義母さんの新盆ゆえ店をお休みした。

お盆に店を休むのは24年間で初めての事だった。

それは店が新たな段階に入ったとも言える・・

 

カミさんは実家の仏壇の前に立派なお盆飾りを作っていた。

竹を組みホオズキを下げ、団子を丸め煮物も用意した。

きゅうりとナスで馬と牛を作り、馬は先祖が早く帰って来れるように、牛はゆっくり帰るようになんだと子供に説明していた。

 

歩いてすぐの菩提寺に家族みんなで迎え火に行くと提灯を下げた人々が次々にやって来る。

死後の世界を大切にする仏教だが、先祖のお陰で家族や身内が集まれるありがたさを感じる。

板橋の菩提寺にて。この翌日、私と長男は一足早く千倉に帰りオフクロと送り火に。

最後の楽園

葉山から南房総にサーフィンに来ると、カフェに寄ってくれるダンディーな方がいる。

 

先日イーグルスの話になった時、そのダンディー氏から「最近、ラストリゾートって曲にハマってるんですよ!そう「ホテルカリフォルニア」に入っている最後の曲です!」と聞いた。

 

その曲が気になった私は、家に帰ってから久し振りに「ホテルカリフォルニア」のB面に針を落とした。

ピアノに合わせ静かにドン・ヘンリーが歌う7分を超える大作だ。

日本版のLPだが訳詞が書いてなかったのでパソコンで和訳の歌詞を調べたら、真実のメッセージに胸を打たれた。

 

「The Last Resort」(彼女はプロビデンス出身)このプロビデンスは白人移民(清教徒)が初めてアメリカに到着したニューイングランド地方の町の名前だ。白人の心の故郷みたいな所なのだろうか?彼らが来てから先住民族の平和な暮らしや土地は・・

 

今も尚、人種差別のニュースが流れるラストリゾートにドン・ヘンリーはこの曲で別れを告げている。

ロックの名盤の表現としては「ロック史に輝く金字塔」が正しい。ダンディー氏のお陰でドン・ヘンリーの名曲を再認識出来た!

100杯のモヒート

8月5日の土曜日、「千倉サンバフェスタ」が道の駅「潮風王国」で開催され、私もモヒートバーを出店致しました。

 

思えば、早16〜17年になる真夏の「千倉サンバフェスタ」ですが、私が唯一出店するイベントでもあり、沢山のリピーターさんに来て頂くからには少しでも美味しいモヒートを飲んで頂きたいと、気合を入れて望んだのであります。

 

そこで、2017版モヒートのテーマとしましては・・

・「ハーブちくら」さんの無農薬ミントをたっぷり使用する。さらに青シソを加え爽やかさを増す(私の経験ではシソを加えると悪酔いを防ぐ・・但しチャンポンは例外である 笑)

・沖縄のサトウキビから作る粗製糖を煮詰めたシロップを使用。(ラムとの相性も良い)

・ライムはケチらない

・ミントとシソは木の棒(ペストル)で丁寧に潰す。

 

嬉しい事に何回もおかわりしてくれる顔なじみの方々も多く、用意した100個のコップも無くなり、充実感と共に私はシガーを堪能しながらフィナーレの花火を迎えることが出来たのでした。

来年は更に美味しいモヒートを提供したいと思う所存です。2018千倉サンバフェスタでお待ちします!

しかし、ひたすら3時間モヒートを作り続ける私はカクテルロボットと化していました!

伊丹十三の巾着

「ヨーロッパ退屈日記」、「女たちよ」etc

60代、70代の人で稀代の才人、伊丹十三の影響を受けた人は少なくないのでは!?

 

「多才な人」ってこういう人の事じゃないかって思っていた。

エスプリの効いたエッセイやイラストを書き、翻訳や俳優、そして映画監督としてもヒットを連発した。車好きでモーガンやポルシェとかにも乗っていたようだ!

 

その伊丹さんが映画を撮り始めた頃から、私の中の伊丹さんのイメージとのギャップが生まれた。ダッフルコートやコーデュロイを着崩したイメージの伊丹さんが藍染めの刺し子を着て巾着(合切袋)を持つようになっていたから・・

 

まだ若かった私は伊丹さんの和風回帰にチョット戸惑ったが、還暦を過ぎた今、印伝の巾着を手にした私がいる。

そう言えば伊丹さん、西洋人の作った洋服は日本人には似合わないって何かに書いていたよね!
映画監督時代、刺し子を着た伊丹さんが持っていたのはこんな青海波の巾着だったと思う。スマホやシガーを入れた印伝の合切袋は洋服にミスマッチすると思い込む私!

朝な夕なに

大学を出てから地元の役場に12年位勤めた。

 

その頃は、日の長い6月から8月上旬にかけて出勤前の朝一や帰宅後の日没までのサーフィンを良くしていた。

 

今、店を閉めてから時々自転車で海岸遊歩道を走るが、夕方から日没にかけてビーチで波に乗っている若者を見るとあの頃の自分と重なって懐かしい。

あの頃は、朝な夕なにサーフィンしていたが、今は休日に海に浮かべればそれでイイ。

夏仕様

61回目の夏が来た!

 

若い頃はあんなに待ち遠しかった夏だが、年を重ねるに連れ暑い夏を乗り越える工夫が色々必要になってきた。

 

あと何回夏を迎えられるか解らないけど、今この夏を愛でたいですからね。

キャノンボール・アダレイの「サムシング・エルス」に変えて夏だけはこれが壁に掛かる。ハービー・ハンコックの「処女航海」。若い時のジャケ買いが役立つ事もある。
澄んだ女性ボーカルが涼を呼ぶ坂本龍一「CASA」(左)は毎年の夏定番。右はメローなキューバ音楽のアルバム「Mateo」それぞれ夏の午前と午後という感じかな。この夏のテーマ音楽はMateoで行きます。
年々、直射日光はキツイです。で、夏ハットの出番。左はボルサリーノ、右はサーフィン仲間で女性帽子作家のciceroさんにオーダーしたパナマ。長年愛用してます。
「和美人」 国産のジンがこんなに美味いとは思いませんでした!アベさんいつもありがとうございます。若草の香りを夏の夜に味わう。

夏は目と耳と舌で涼を感じる楽しみを与えてくれる。チョット前向きなこの夏だ・・

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