私の部屋には「DAYS GALLERY」を営んでいた頃の名残りとも言える品物がいくつか置いてある。
売れ残った物とも言えるが、店に並べていた物達は皆気に入って仕入れた物達なのでどれもこれも愛着がある。
なんてこと無い古いポストカードでさえも・・
消印を見ると1930年から40年台と私の生まれるずっと前の物である。



これからも時々、売れ残って私の手元に残った縁ある品々を紹介して行こうと思います。
私の部屋には「DAYS GALLERY」を営んでいた頃の名残りとも言える品物がいくつか置いてある。
売れ残った物とも言えるが、店に並べていた物達は皆気に入って仕入れた物達なのでどれもこれも愛着がある。
なんてこと無い古いポストカードでさえも・・
消印を見ると1930年から40年台と私の生まれるずっと前の物である。



これからも時々、売れ残って私の手元に残った縁ある品々を紹介して行こうと思います。
学生時代に買った写真家・浅井慎平さんのフォトエッセイ「気分はビートルズ」
その後、浅井さんが千倉に別荘を建てることになるとは知るべくも無かった。
ある日僕らは「気分はビートルズ」を抱えて緊張しながらその別荘を訪ねたのだった。
浅井さんは気持ち良く僕らを迎え入れてくれて気軽にサインにも応じてくれた。
今から42年程前の事である。


それから7年後、私は公務員を辞め浅井さんが千倉に設立した「海岸美術館」のディレクターとなった。
まさに私の人生を変えた一冊の本だった。
そして3年後に私は独立して海岸通りに念願の「Sand CAFE」を開店するのだが、店の名前を考えてくれたのも浅井さんだった。
月日の流れるのは早いもの、しかもどんどん加速度が付いてくる感じである。
先日、日本橋三越でビートルズ来日60周年と浅井さんの「星空のハローグッドバイ」出版の展覧会があり伺ってきました。
60年前、東京ヒルトンホテルと武道館でビートルズを撮影した浅井さんは29歳だった。
特に部屋に入ってポールやジョン、リンゴにジョージのプライベートを写した奇跡の写真が多数展示されていた。もちろん私はその写真集も持っています。


ホテルの部屋でカメラを持った浅井さんをマネージャーだったブライアン・エプスタインが訝ったようですが浅井さんは「僕は写真家で良いものを見ると撮りたくなるんだ」と伝えたらブライアンもニコッと笑ったので浅井さんは逃さず彼もシュートしたとか・・
ごくたまに、ありえない事が起こります・・
5月26日のブログで書家の田村洋子さんの個展に伺った時「喫茶去」を書いて頂いたと言いましたが、先日サンドカフェに田村さんがお見えになり「ブログ読みました」とおっしゃった。
そのブログには「日日是好日」か「喫茶去」のどちらを書いて頂こうか迷って「喫茶去」にさせて頂いた、と述べましたが何と新たに「日日是好日」をしたためて来て下さった。(田村さんに私のブログの事を教えて頂いた方、本当に有り難うございました)
「喫茶去」はカフェのカウンター棚に、「日日是好日」は自室の書棚の上に飾らせて頂いて日々目のつくように楽しませていただいています。

どちらも禅の言葉、今この瞬間をを大切に味わいながら暮らして行きたいものです。
由緒ある「安房神社」の背後に広がる55ヘクタールもの森を開発から守り、古に営まれていた森へと再生するプロジェクトの支援する為発行された雑誌「大神宮の森へ」(羽鳥書店)。
その春夏号となる第2号が発刊されました。

執筆陣は私を除き各分野のオーソリティの方々ばかり、今回は何と養老孟司先生も寄稿されておりますのでお楽しみに。
私も懲りずに拙文を書かせて頂いております。
タイトルは私の原点「海とコーヒー」です。
無勉強の私に書けるのは実体験しか無いという事で
⚪︎なぜサンドカフェを始めたのか
⚪︎憧れのケープコッドへの旅
⚪︎自分を整える時間について
⚪︎日々のモチベーション
などについてエッセイ風に書かせて頂いております。

私の寄稿は今回で一旦終わりですが、今後とも「大神宮の森へ」の御支援の程よろしくお願い致します。
あれほど好きだった夏なのに・・
今は迫り来る夏を前に自己暗示を掛けている。
「俺は夏が大好きだ!」
「だから暑いのも大歓迎だ!」と。

カウンターに良くいらっしゃる人間AIのような物知りのS氏によれば「自己暗示は達成出来なかった時の精神的落差が大きいんですよ」と宣う。
それにもめげず精神的&物理的準備は進めなければならない。
物理的準備として、夏に着るTシャツもその一つではないだろうか。



南房総の書家、田村洋子さんの作品集出版記念展に伺って来ました。
田村先生との出会いは20数年前、富浦町のご自宅に伺ったのがきっかけでした。
中でも抽象画的な印象を受けた(坂本九さんが歌った)「見上げてごらん夜の星を」に魅せられて開店当初のDAYS GALLERYに展示させて頂いたりした思い出があります。


購入した作品集にサインを頂いていたとき先生が「何か書きましょうか?」とおっしゃった!
「えっ!そんな嬉しすぎます」と思いながら咄嗟に浮かんだのは二つの言葉「日日是好日」と「喫茶去」でした。
どちらも好きな言葉ですが、おもてなしの精神を表す「喫茶去」をお願いしました。
中国の昔の禅僧の言葉「喫茶去」は「まあお茶でもどうぞ」転じて今この時を大切に心からのもてなしをする気持ちを表しているので茶事の際に亭主が掛軸として選ぶ言葉の一つだそう。私は茶の湯は嗜みませんが・・
田村先生に書いて頂いたこの言葉、カフェの精神の指標にさせて頂こうと思います。


このところブログ更新がなかなか出来ずにおりました。
ひとつは、まさかのカミさんの病気が3月に判明、4月に入院、手術となったからでした。
その時はカフェの存続を諦めねばならないかも、と覚悟しましたが当初の心配ほど大事に至らず無事に退院して仕事にも復帰してくれました。
縁の下で支えてくれる彼女の存在なくしてサンドカフェは語れません。
どちらがいなくてもサンドカフェでは無くなってしまいますからね。
定期的な検査は必要な様ですが、日常生活に支障ない身体で戻れて本当に良かったです。感謝!
もう一つは「大神宮の森へ」第2号の原稿書きがあったからでした。(1月26日のブログ参照)
年間2回発刊される「大神宮の森へ」ですが私の出番は今回で終わりですので無い知恵を振り絞ってなんとか原稿用紙10枚ほど書き上げる事が出来ました。発刊されましたらまたお知らせ致します。
さてGWはみなさんどう過ごされましたか。
私達はカミさんの従姉妹のサイちゃんとナオちゃんが我が家に一週間ほど遊びに来ていたので定休日に孫を連れて一緒に海遊びでした。





サンドカフェを開店する前にいつも相談に乗ってもらっていたK先輩とは鴨川の海で知り合った。
ギターでいつもジェームステイラーの「君の友達」を弾いてくれたKさんだったが、度重なる不運もあっていつしか酒とブルースに傾倒して行った。
そんなある日、久しぶりに訪ねると酒臭い匂いをさせながら「これ持ってけよ!」と数枚のレコードを私に差し出した。
そのうちの一枚がThe Amazing Rhythm Acesのアルバムだった。随分昔の話です。
このLPに入っている2曲は今も聴いているマイフェイバリットソング。

鴨川でレストラン「WEST COAST」を営んでいた面倒見の良かったKさんの事を時々思い出すんです。
サンドカフェの開店日には泊まり込みで手伝いに来てくれましたよね・・
その大好きな2曲は海に向かう時聞きたくなる「I’m Setting You Free」と夕暮れの帰り道にサイコーの
「Geneva’s Lullaby」これはダウンロードしても損はありません!
3月15日にサンドカフェはお陰様で32周年を迎えることが出来ました。
そして69歳になった今も変わらずカウンターに立てているのは、幸せな事だと毎日感じながら過ごす日々です。
地元のリピーターの皆様はじめ、遠くから車で数時間かけて来て頂く方々には感謝しか有りません。
船橋の佐藤さんご夫婦も車にお祝いの大きなプランツを乗せてやって来て頂きました。

フィカス・アルテシマ、花言葉は「永遠の幸せ」
このプランツは地元船橋の「heureux flower and plants works」さんで見初めたとお聞きしました。
heureux(ウールー)とはフランス語で「幸せな」と言う意味だとか!
この幸せ一杯のお祝いありがとうございます!



長くお店をやっていると色々な出会いがあり、嬉しいご縁が生まれますね。感謝!
一月で69歳になった私。
一度ハマるとずっと追い求めてしまう性分ゆえ、かれこれ50年もプカプカ海に浮いている事になる。
潮風に吹かれながら浄化されている感じが堪らない!
この時間が実は私にとって大切で、頭が真っ白になってリセットされる時間。
以前は、毎週休日にはコンスタントに海に向かっていたが、ここ最近は天気が良く風が弱い緩コンディションの時だけとなってしまっているが。
まあ、それも良し。マイペースで70歳を目標に続けて行こう。



若い時は、まさか自分が70歳近くまでサーフィンを続けるなんて思ってなかったのにね・・
千倉に移住されたご夫婦が経営する出版社「羽鳥書店」から刊行された雑誌「大神宮の森へ」(年2回発行)に生まれて初めて寄稿しました。
普段ブログの短文しか書いたことの無い私が原稿用紙10枚ほどの量を果たして書けるか自分でも自信がありませんでしたが何とか上げることが出来ました。

この雑誌は、安房神社の後ろに広がる55ヘクタールもの広大な森が売りに出されることを知った高田宏臣氏が社団法人でこの森を買取り、森を保全・再生して行こうというコモン(共有財産)プロジェクトを支援する目的で出版されたものです。
タチの悪い開発業者に買われてしまっていたら安房神社の鎮守の森の危機でしたから。
執筆陣も各分野のオーソリティーの方々ばかり、この中に私なんぞが名を連ねて良いのだろうか?
「長年この地でカフェを営んで来たマスター目線で良いのです」との羽鳥書店さんの優しい言葉に誘われて書いたのは「アルカディアに住む」です。南房総の魅力を私目線で伝えられればいいかな、と考えました。

皆さんにこの雑誌を購入頂けるととても嬉しいです!
さあ、5月頃発行予定の第2号には何書こうかな?また胃が痛くなってきた・・
2026年、明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。
そして皆様にとって幸多い一年となりますようお祈り致します。

おかげさまで、今年「Sand CAFE」は3月で32年周年を迎えます。
本当に長年に渡り来て下さっているお客様が多く感謝に絶えません。
皆様に支えられてここまで来る事が出来ました。
ありがとうございます。
思えば37歳の時、千倉の海岸通りに潮の香りがするようなカフェを作りたくて開店しました。
好きな言葉は「粗野な洗練」お店のコンセプトです。
これからもずっと変わらぬスタイルで「Sand CAFE」はあり続けたいと思います。


爽やかな希望に満ちた2026年となりますように・・
バルセロナからの帰国便はフィンランド経由(FIN AIR)だった。
ムーミン一色のヘルシンキ空港で何気なく見たグループLINEで旧友の悲報を知った。
くも膜下出血だった・・
一ヶ月程前にもカフェに寄ってくれ同級生達の近況を話してくれたばかりなのに突然いなくなってしまった。
こーぞー君とは中・高と一緒、大学は違ったが一緒にサーフィンを始めた。
仲間で買った古いダットサン510で東京のアパートから毎週海に通ったものだ。
今は無くなってしまった鴨川の赤堤が好きでカットバックの練習に励んだりした。
銀行に就職したこーぞー君は千葉市に住宅を建て仕事に頑張っていた。
サーフィンは以前ほどやらなくなっていたが海に来た時にはカフェに寄ってくれていた。
50代の時、腸の大きな病気をしてからは殆どサーフィン出来なかったが還暦祝いで作ったロングボードは今もサンドカフェ裏の倉庫に新品のまま置いてある。
きっとサーフボードを持っている事がこーぞー君のモチベーションだったのだろう。


両親思いのこーぞー君はお墓参りを欠かさなかった。
また仲間の面倒見が良く南房総台風やコロナ禍の時も店の食材や消毒液を気にかけてくれ千葉市から持って来てくれたりした。
ここ数年は、いつも仲間に声をかけ飲み会をまとめていたようだ。
実際、千葉市での葬儀には家族葬にも関わらず銀行時代の同僚の方々や中・高の同級生が多く参列していた。
高校生で黄色いレンズのレイバンをかけアイビーで決めていたお洒落なこーぞー君は棺の中でもパナマハットをかぶりアロハシャツを纏っていた・・ さよなら こーぞー 君の分まで海に通い続けるよ。
ポルトからリスボンへ戻り、翌日はサーフタウンのエリセイラと大波で知られるナザレにワンデイトリップ。
トッププロの世界大会も開催されるエリセイラは潮臭い港町とサーフタウンの両面を併せ持つが、その古びた街並みは私のイメージのポルトガルの田舎そのものだった。






世界でも指折りのビッグウェーブの立つナザレは岬の突端の灯台から大波を見下す。
大波が立つのは真冬らしいが、せっかくポルトガルに来たのならナザレを見ておきたかった。








今回のイベリア半島の旅は私にとって「最後の遠出」というテーマでした。
それを人に言うとカミさんが「最後、最後って言わないで!」と怒るんです。
もしかして「続・最後の遠出」があったりして・・笑
リスボンから高速鉄道に乗り約3時間でポルトガル第二の都市ポルトに着いた。
私の旅で雨模様は珍しい。
リスボンを拠点にしているのでポルトへは一泊二日の小旅行。
まずはアズレージョ(装飾タイル)の美しいカルモ教会・アルマス聖堂へ向かった。


ポルトの街は世界一美しい建物が点在している。駅、書店、マクドナルド。
多分言ったもん勝ち的なキャッチだと思うが人生で一回だと思うと旅人はそそられるんですね。笑




ポルトガルの国名の由来になった港町ポルトはドウロ川沿いにポートワインの醸造所が並び、街並みの景観も素晴らしい。






リスボンに戻って大波で有名なナザレとサーフィンの街エリセイラに出掛けます。