個人事業主ゆえ色々な雑務が付いて回る。支払いなどで金融機関に出かける用も多いが、帰りの道すがらいつも本屋に寄り道してしまう。これが私の息抜きタイム。
この本屋、雑誌コーナーが道路に面しているため立ち読みしていると大変目立ってしまう。時々お客さんに目撃され、店に戻ると「今、立ち読みしてたっぺー」などとバラされてしまう。
ただ気に入った雑誌が無くても伝票類や事務用品など何かしら買って行く。同じ町内、立ち読みだけでは申し訳ない。

個人事業主ゆえ色々な雑務が付いて回る。支払いなどで金融機関に出かける用も多いが、帰りの道すがらいつも本屋に寄り道してしまう。これが私の息抜きタイム。
この本屋、雑誌コーナーが道路に面しているため立ち読みしていると大変目立ってしまう。時々お客さんに目撃され、店に戻ると「今、立ち読みしてたっぺー」などとバラされてしまう。
ただ気に入った雑誌が無くても伝票類や事務用品など何かしら買って行く。同じ町内、立ち読みだけでは申し訳ない。

GWも終盤となってしまったが、何とも嬉しい出会いがこのGW中にあった。
ずっと憧れていた写真家の方がサンドカフェを訪れてくれたのだ。それも私の昨年10月3日のブログがご縁で。
小林昭氏は70年代初頭、L.Aのヴェニスビーチに5年間暮らし写真を撮り続けた。時代はドラッグカルチャー全盛期。ロングヘアーのフラワーチルドレンやサーファー、朽ちたピアー、虚ろな街並み、乾いた空気感、それらを一冊にまとめたものが「P.O.P」(Pacific Ocean Park)という写真集だ。また現在「NALU」というロングボード誌や「EVEN」というゴルフ誌にもフォトエッセイを寄稿されている。そして何より小林氏は70歳を越え、現役のロングボーダーでもある。
私が小林氏の個展のポストカードを勝手にブログ写真に使わせてもらったのが奥様の目に留まり今回の出会いとなった。ブロガー冥利に尽きるとはこの事。
カフェのデッキで奥様と愛犬を撮影したり食事をされている光景がとても和やかで素敵だったし、Gジャンとツイードのハンチング(キャスケット)を格好良く着こなしている氏を拝見し「こんなカッコイイジジイ(失礼!)になりてーッ」と思わずにはいられなかった。

桜の花の散りように無常観を重ねる日本人独特の美意識が好きです。
平穏であったなら花見の話題もちらほら聞こえるこの時期。賑やかに盛り上がるのは遠慮して、静かに仲間や家族で桜舞い散る下に身を置き気持ちに滋養を与えるのは賛成だ。それはそれで印象的な2011年の花見の思い出となるだろう。
私は私で桜のラベルのワインでひとり机上の花見を。

世界がネットワークという見えない糸でつながれば、それに比例して窮屈な世の中になる。今の日本社会は尚更だ。
「Pen」は、没後50年になるヘミングウェイの特集だった。ピカソやヘミングウェイは「窮屈さを一蹴した魅力」を放つ男だ。またそういった生き方が許された良き時代を代表するマッチョとも言える。
石原慎太郎氏のコメントが興味深い「男はみんな一人でさびしく生きなきゃいかんのですよ」と。
等身大とか、連帯感とか、今の若い人にとってはそれを窮屈さと感じない時代なのかも。でも最初からそれじゃなくて、アンビシャスとかも抱いてもらいたい。私などが言うのもなんだが……。

子供の一人が東京から千倉に帰ってくることになり、八王子まで家財道具一式を運びに行って来た。
タイミング良く友人のお子さんの大学進学が決り、冷蔵庫や洗濯機など電化製品を使ってもらえる事になり、現地で待ち合わせて引渡すことが出来た。部屋の掃除などを終え、荷物を私のくたびれたワンボックスに満載し快晴のアクアラインを走っていた。
少し疲れていたためかラジオを聞きながらボーッとして運転していた。ラジオからは震災関連のニュースが流れていた。
その時、辛いニュースの合間にかかった一曲のレゲエが私の耳を捉えた。ジャパニーズレゲエだった。はじめて聞いたその歌にしばし陶然となった。こんなにも気持ちを揺さぶられた歌を聴いたのはのは久しぶりのことだ。すごいシンガーがジャパニーズレゲエの世界にいた。
その女性シンガーの名はPUSHIM(プシン)、曲名は「I Pray」。彼女のソウルフルな祈りは被災地にきっと届くに違いない。Youtubeで見れる(聴ける)ので是非!

おおざっぱだが、日本の総発電量のうち6割が火力、3割が原子力らしい。石油をはじめとする化石燃料は発電時にCO2を放出する。CO2は温暖化の要因だし埋蔵量も100年もたないと言われている。ウランも21世紀中には枯渇すると言われているがCO2の排出は少なく、コストも火力より安いし核燃料を再処理してまた使用できる。しかしリスクが高すぎる。今回の福島の事故で世界は3回目の恐怖を味わってしまった。
これから節電を国を挙げて推進するにしても限度がある。すぐに全体の3割を占める原子力に変わる代替エネルギーがあるだろうか?狭い国土に大規模な太陽エネルギーのプラントをバンバン建設していくことができるだろうか?またそれでどの程度まかなえるものなのか?
ただ今回の災害で個人や地域の自前のエネルギーを持つことの大切さがわかったと思う。太陽光発電の強力な推進が始まるかもしれない。中東に依存している石油もいつパニックが来るかわからないし。
この国民は困難、苦難を糧にすることが出来る稀有な国民だ。いかなる事が起きようとも。

夕方ラジオを聞いていた。結構気に入りのDJの番組だ。彼は力を込めて言っていた「3.11でそれまでの世界が終わり、全く新しい世界(時代)になった。それは愛と助け合いの時代だ」と。
それを聴いていたら「カチッ」と私の中で何かのチャンネルが変わった音がした。
確かにこれだけの天災、危機に見舞われると絶対的価値観が変わってしまう。国も個人も。これからどちらに進むべきか?どう生きるべきか?
1つにそれは両極化という現象に表れたりする。パニックになり西方に避難する人々。もう一方で出番が来たら被災地に駆けつけ復興に協力したいと待機しているボランティアの若者達。
内外の援助もそうだが、ひょっとすると新しい時代の人間力で稀に見る復興を成し得そうな予感がする。
