アンティーク家具の「猫足」は良く知られているが、「ボール&クロウ」という鳥獣が玉を握っているデザインスタイルがある。
18世紀あたりのデザインモチーフらしいが、特にピアノ用のスツールはガラス玉を鉄の足でリアルに鷲づかみしており私の好きなスツールの一つである。
ひょっとするとこのガラスの玉は「地球」ではないかと感じさせる。古いヨーロッパの意匠にはそんな意志が反映されて居る物がありますよね。
ワイルド&シック、且つそんなパロディーを併せ持つスツールである。
ただ中々このタイプには出会えませんが・・

毎年ゴールデンウィークの少し前に合わせてTシャツを作る。
Tシャツのデザインをする時はパソコンでは無くいつも手書きです。アナログです。
天気が良ければTシャツが気持ち良い季節になりました。知っている方も多いと思いますが、カミさんは店では一年中Tシャツで通します。そう真冬もです!それに頭のバンダナが彼女の仕事スタイルです。
火の前に立つ時間が多いというのもあるんですけど、しかし・・寒がりな私には信じ難いことです。
良くお母さんと店に来る小学一年生のカワイイ女の子がいるんですが、その子は将来バンダナを頭にしてサンドでバイトしたいんだそうです。カミさんのスタイルに憧れているんだとか。ユニークな子だと思います。
思い出しましたが、カミさんと初めて千倉の海で出会ったときも彼女はTシャツにバンダナでした。
ずいぶん昔の話ですが・・

学生時代の盟友たちと新潟で24年ぶりに再会したのが昨年冬。次回は千葉でとの約束を果たすべく三彦に招待状を送った。
そして先日、新潟の信彦、群馬の直彦、山梨の敏彦の三彦が千倉に集結した。サンドカフェで再会できるとは夢のようだ。
彼らはサザエカレーをリクエストしてくれ、私も気持ちを込めコーヒーを淹れた。
今回の宿は、和風旅館のリクエストもあり老舗の「千倉館」。地の新鮮な魚介を囲炉裏で炭火焼して三彦を持て成したかったのだ。
囲炉裏を囲み旧友と酌み交わす酒は格別だ。
長い時を経て、俺たちもようやく少し自由な時に身を委ねる余裕が出来たってことかな。
千倉館の離れにある洒落たバー「波助」にも浴衣で行って女の子を驚かしたかったが、既に知っていたらしく空振りに終わった。私もその後撃沈、カラオケまで辿りつけなかった。
次回、舞台は群馬の高崎に移る。


台所の出窓には、最近カミさんがハマッている多肉植物が沢山。
今は亡き親父の趣味だった盆栽の小鉢にもサボテン科やアロエ科の植物が移植されていた。
一般的に多肉系は不精でも大丈夫な植物と言われているようだが、カミさんの感想だと種類によって置く場所の環境に結構左右されるそうだ。
いろいろ試行錯誤しながら可愛がっているようです。
私が最近嬉しかったのは、昨年植えた玄関のオリーブの鉢植えと庭のレモンから新しい芽が育ってきたことだ。両方とも何ヶ月も元気が無かったから大丈夫かと心配だった。
環境が変わり、そこに適応して行くのは生き物にとって試練なんですね。
新社会人、学生にとっても新たなスタートであり試練の始まりの季節です。

いつも「&R」というお洒落なフリーペーパーを送ってくれる習志野のギャラリー「林檎の木」に行って来ました。
ちょうど野田にある「イノセントガーデン」が「ボタニカルライフ」展を開催していました。植物好きのカミさんにはピッタリの企画でした。フランスのマリクレール・メゾンにも紹介された茨木伸恵さんという女性の陶芸家の作品も沢山並んでいました。あとやはり女性陶芸家の今井梨絵さんの陶器が良かった。
「林檎の木」は年内の展示会スケジュールがびっちり決まっており、6月1日と2日は佐倉の川村記念美術館で「アート&クラフトフェア・チバにわのわ」という大きなイベントもされるそう。土・日でなければ是非行きたいのだけれど・・残念。
アートやクラフトの分野も言うに及ばず女性の活躍が目立ちます。「ボタニカルライフ」展も次々に女性客が訪れ活況を呈していました。
出かけて見れば色々と収穫はあるもんですね。


今日、私の家に一枚の青い絵がやって来た。
館山の画家、関野研一氏の描いた「La Mer」(6号)と題された油絵だ。3色に抽象化された海に小さく帆船が浮かんでいる。
関野氏の絵との出会いは10年ほど前、市内のホテルのギャラリーだった。青を基調にした南房総の海の風景画が数点展示されていた(墨絵も数点あった)。私は関野氏の青い絵に惹かれたが、その時はご縁が出来なかった。
月日は流れ、私は関野氏のアトリエを訪ねる機会を得た。そして今、念願の青い絵が家に置かれている。
この絵を自室で眺めていたら昔パリで活躍した二人の画家を思い浮かべていた。独特の美しい青で知られるイヴ・クライン、もう一人は自然の中に抽象を描いた画家の木村忠太。
作風は違えど、長くパリやモロッコに行き来されていた関野氏と不思議に重なり合う。
帰りに関野氏の好きだというジプシースウィングジャズの「ROMANE」のCDを頂いた。今夜はそのCDを聴きながら青に浸ろう。

千倉の波が良かった日、鴨川のカメラマン利蔵さんが何枚か写真を撮ってくれていた。水も綺麗でとても気持ちの良い波乗りが出来た日だった。
だが自分の写真を見て思う。
体に力が入り過ぎている。もっと脱力し、棒立ちのままボトムターンをしたい。両手もダラリと下げてね。アレックス・ノストのボトムターンのように。
アルはダンサーのように波に乗る。その比類なきスタイルは、まるで前衛舞踏家のようだ。
あと気になるロングボーダーはデーン・ピーターソンだ。デーンのライディングには起承転結がある。テイクオフしてからプルアウトするまでの間にストーリーがある。ハングテン、カットバック、そしてプルアウトのアクションがどれもスタイリッシュ。
オールドサーファーとしての理想はスキップ・フライ。10~13feetオーバーの板の上で彼はただ波に合わせてトリムするのみ。余分な動きは何も無い。ミニマリズムこそジジイのライディングの理想形だ。
この写真を見て,そんな新たな思いが沸いた。

サンドカフェのトイレの壁に一枚のLPレコードが飾ってある。
アート・ペッパーの「Surf Ride」という古いウエストコーストジャズのレコードジャケット。
このレコードジャケットを描いた人はサーファーなのだろうか?波の描き方がとてもイイ。
ロングボードの上で楽しげにバランスをとるビキニの女性がパシフィックジャズの軽快な感じを良く表現している。
アート・ペッパー以外にもバド・シャンク、チェット・ベーカー、ジェリー・マリガンなどが有名だが、コーヒーを飲みながら休日の午前に聞くジャズとしてはどれも適している。
アメリカでの暮らしが長かったという初老のヨットマンの方が時々カフェに来て下さるが、帰る前に必ず「俺の彼女に挨拶してくる」と言ってトイレに入る。
青春時代が蘇るのだろうか・・・そんな粋な方もいる。

還暦までは何とか波乗りを続けたいと思ってはいるが、近頃とみに体が動かなくなってきた。
冬場で水も冷たく、フルスーツにブーツという出で立ちもあるのだが、体がだんだん反応しなく成りつつあるのを実感してばかりいる。
息も切れる。気管が狭くなったかのような息苦しさに苛まれることもある。
いずれにしても無理は禁物のようだ。
カミさん共々、自分たちの体力に合った状況で波乗りを楽しもうと言う心境のこの頃である。

「海岸美術館」時代から私のことを色々と気にかけて頂いている大先輩がいる。もう20年以上にもなるご縁だ。
大先輩がカフェに来てくれる度に私は今の日本の社会や政治のことなどを不躾に質問してしまうが、そういった事にイヤな顔ひとつせず深い洞察力をもって答えてくれる。その造詣の深さは芸術の分野にも及び西洋美術史にも詳しい。
先日、大先輩が大きなバッグを担いで店に入って来られた。そのバッグには高価なブランデーが何本も入っていた。そして「もう、これは飲まないから」と何と全部私にくださった。
こんな重い物をわざわざ横浜から担いで来てくれたその気持ちに目頭が熱くなった。本当にいつもお世話になってばかりである。
以前、大先輩の奥様から頂いたCDを聴きながら夜遅い時間にブランデーを舐める。しばらくブランデーなど飲んでいなかったがこの酒はホント「美味い」としか言いようが無い。
キューバの至宝コンパイ・セグンドのデュエットアルバムは色々なジャンルのシンガーとのデュエット曲集だ。特に奥様が夕方聴くと最高だと言うアフリカのディーバ、セザリア・エヴォラとの「黒い涙」が白眉だ。
ご夫妻からの気持ちを頂きながら、夜な夜な贅沢な時間が過ぎて行く。

カフェを始めて9年ほど経った頃、私はひどい腰痛に悩まされていた。
元々、腰の調子は良くなかったが、その時は安静にしていても強い痛みが続き、一週間位満足に睡眠をとれず朦朧とした状態にあった。
仕事中も長くは立っていられず傍らに丸椅子を置き、コーヒーを淹れる時だけ何とか立っていた。
忍耐力も限界にあった私は腰痛のスペシャリストDr.I氏に相談した(Dr.I氏もサーファー)。そして検査の結果「椎間板ヘルニア」の手術をしてもらう事となった。
I氏は新しい内視鏡を用意してくれ、おまけに手術の時はBGMにJAZZを流してくれた。もちろん麻酔で一瞬のうちに飛んでしまったが・・
あれから10年が経ち、Dr.I氏は日本でも指折りのGOD HANDとして活躍している。
私も変わらず波乗りを続けられているのは、あの時のDr.I氏の完璧なオペのおかげだと確信している。

ナタリー・ドロンとルノー・ベルレー主演の「個人教授」(1968年)というフランス映画を観ていたらスキーリゾートでのシーンがあった。
確かアボリアーズというスキー場だと思うが、古くからの建築様式で建てられたホテルやレストラン、クラブなどが程よく自然に溶け込みヨーロッパ人のリゾート感が伝わって来るようだった。ゆったりと自然の中で充足した倦怠を味わう仕組みを彼らは知っているのだ。
かつて日本にはスキーブームがあった。シーズンともなると大渋滞の道路と長いリフト待ちの列、それも日帰りや一泊くらいのハードスケジュールで皆スキー場に押し寄せた。ユーミンを聞きながら。
今、そのスキー場は閑散としていると言う。ロマン無き採算至上主義では良いリゾートは出来ないし、時が経ち淘汰されてしまう。(私は二十代の時影響を受けた浜野安宏氏の書いた「リゾート感覚」という本を思い出していた。)
ただ私の中では、あの頃せっせとスキー場に通った五十代~六十代の人達が子育ても一段落し再び雪国に回帰すると思える。もうちょっとゆったりと落着いたスタイルで。実際少しづつその兆候があるらしいが・・
晴れた日のスキーの気持ち良さ、のんびり温泉につかり、地酒を飲みながら郷土料理を味わう。昔とは違う、そんなスキー旅行を再びしてみたい。
