キース・ジャレットとチャーリー・へイデン、ジャズ界の巨匠が邂逅し美しい傑作をリリースした。
1曲目のワンフレーズを聞いた瞬間からウットリしてしまった。それから毎夜聞くのが楽しみになった。疲れた夜には尚のこと、美しいメロディーが体に染み渡っていく。やはりイイモノはイイ。
「いきなり来て人のハートを奪ってしまった麗しの人」と言ってしまっても過言でない位、私の愛聴版のトップになってしまった「ジャスミン」を是非!

朝、素晴らしく晴れた青空の下、自転車で遊歩道を気持ちよく店に向かっていたら突然テトラポッドの大群を発見した。先日、海の方から聞こえた重機の音はこれだったのか。
「まさかこれをビーチに置きはしないだろう」と、現場に誰も居なかったので近くのホテルオーナーに「何か聞いてます?」と訪ねたら「作業員の人に聞いたら、とりあえず置き場所にしてる、と言っていた」との事。
近くに設置するための置き場所でなければいいのだが。こういった工事は、県や国の事業ため市町村や住民に事前に知らされないケースが多い。心配な事この上無い。

ウィンドゥショッピングという言葉がある。旅先でも商店街とかで素敵なショーウィンドに出会うと、しばし見とれてしまうことがよくある。
若いときから、いい界隈やいいストリートがある町に憧れていた。私の住む町、千倉もそうなったらいいなとずっと想っている。いい界隈やストリートとは、小さいけれど個性的な店が集まっていることだ。
私がカフェや海雑貨、アンティークの店を開いたモチベーションはそこにある。内容的にはまだまだだが。
少しずつでいい。この海辺の小さな町に自然発生的に生まれたショップやギャラリーが点在していって、旅人がそこを巡れるようになることを夢見ている。

千倉のようなところに暮らしていると、ちょっとしたパーティーなどでもドレスダウンしたスタイルで済んでしまう。というかそのほうが相応しい気がする。そんな時いつも登場する靴がホワイトバックス。これはLLビーンのWalkover社製。白いバックスキンが海辺に合う。ホワイトバックスはオールデンなどの良質なものよりwalkoverのカジュアルさが私は好きだ。
もう一足のお気に入りはリーガルのサドルシューズだ。グレーとブラックのコンビのこの靴はかつてのアイビーブームの時代からあるものだが今また新鮮な印象を受ける。ウチのカミサンが高校生のとき、これと同じ靴を履いていたことを最近知った。そうVANとREGALの黄金時代。
ボトムスはジーンズ(ブルーorホワイト)かチノで決まり。で、上着はブレザーやジャケット(コットンorシアサッカー)にスカーフかボウタイが私の好きなパーティースタイル。これは何十年も変わっていない。

コートダジュールにある約4坪の休暇小屋で、ミニマムな暮らしを実践していたコルビュジェ。20世紀の偉大な建築家が狭小な小屋でクリエイティブに過ごしていたというところにある種の憧憬を抱く。その舞台となった小屋には、多目的に使える最低限の家具といろいろな工夫が凝らしてある。
以前からコルビュジェが小屋で使っていたスツールと同じ物を作って見たいと思っていた。それは移動しやすいように全ての面に持ち手の穴が開けてあり、高い所の物を取るときには踏み台になり女性でもかなり高い所に手が届く。キッチンの隅にでも置いておけば、椅子代わりや踏み台にサッと移動して使えて便利だ。
5月4日と5日の2日間、「オルネカフェ」で5周年を記念してアニバーサリー・マーケットが開催される。地元作家のガラスや陶器、ハンドクラフトのバッグやアクセサリー、雑貨などの他に農産物なども販売される。「デイズギャラリー」も古道具と、このスツールを出品する。

冷たい雨の降る中、古い友達に会いに武道館に行ってきた。キャロル・キングとジェイムス・テイラーに会うために。
二人揃ったコンサートを聞けるなんて夢だと思っていた。40年前、まだ中学生だった私は同級生の家で初めて聞いたキャロル・キングの「タペストリー」をいまだに愛聴しているし、ジェイムス・テイラーもサンドカフェの開店以来毎朝欠かさず聞いている。そんな二人が目の前に居るだけで、買い込んだビールの勢いも手伝いウルウルしてしまった。選曲も70年代の古い名曲ばかりだ。
多分、この日来ていた客層の大半を占める40代後半から60代のファンも感慨深い日になったに違いない。

終盤二人で歌った大好きな曲「君の友だち」はこころに染み渡った。
とてもインスパイアされるDVDを観た。友人のペンションオーナーから頂いたものだ。以前、青山のワタリウムで開催されたメキシコの建築家「ルイス・バラガン」のDVD。
メキシコシティにあるバラガンの自邸と庭は素晴らしい。メキシコの強烈な光の遮光と調光。それによって生まれる陰影。リビングでは、大きな十字の窓枠でワイルドな庭を眺められるが、部屋の隅は昼でも間接照明が必要な暗さになっている。台形の巨大な書見台には大好きなピカソの画集やポスターのほかお気に入りのレリーフ(彫刻)などが置いてある。
光と共にメキシコらしさが際立つのが色彩感覚で、壁に塗られたピンクやイエローがとても映える。光と影、ナチュラルさとビビッドなカラー、モダンな空間構成とワイルドな庭園。コントラストの芸術。
映像の端々に出てくるバラガンの言葉が印象深い。
孤独とは良い友達のことです。私の建築は、孤独を怖がったり、避けたりする人たちの物ではないのです。
静けさは、苦しみと恐れを真に治療します。
私の家は、私の心の避難所です。冷ややかで合理的なだけでない、心を揺り動かす建築なのです。
薄明かりは、精神を集中させることのできる場所と言う考えを表現しています。薄明かりが無くして人間は自身の抱える問題や夢に入り込んで行くことができるのでしょうか。
私は直感、そして読書と旅の間の観察を自身のベースとしています。
庭は、神秘と謎のあるべきものです。

ソマリア近海に出没する海賊から一般船舶を護衛するため、アデン湾に行っていた知人が久しぶりに店に来てくれた。無事だったことに安堵を覚えると共に忙しいなか遠くまで足を運んでくれたことに感激。
いつもの深煎りコーヒーを飲みながら、いろいろな話を伺っていると小さな置物を車から持ってきてくれた。それは石を彫って作った高さ10cm強のきれいなピンクがかったベージュの象の置物だった。
向こうは仕事が無く、採れる石を使って大人たちが彫り、子供が磨いたりして売っているのだと聞いた。ソマリアという国は世界でも最も貧しい国だと新聞で読んだことがある。貧しい国で内戦が絶えないとなると悲惨だ。海賊の発生するバックボーンはそこにある。
この小さな象の置き物の向こう側にはそんな世界があった。
